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オルゴールの夜

8 温もり


「今日は遅いから、家まで送るよ」
 その日は、食事をしてから映画を見たせいで、もう10時を過ぎていた。確かに駅から私のアパートまでの間は、住宅街に入ると人気がなくなって、夜は少し怖い。これまでも何度か途中まで送ってくれていたけど、私を送って駅へ戻ったら終電まで何本もないのに。
「……すみません」
「謝らないでよ。俺が送りたいんだから。前もそうしたかったんだ、本当は」
 そう言った声は少し沈んでいて、長谷部さんらしくなかった。私もまだ一人になりたくなかった。ラストシーンが切なくて、終わっても、その余韻が残ってた。
 しばらくして隣を歩いていた長谷部さんが、ぽつりと言った。
「あの二人はもう会わないのかな」
「多分……覚悟してる気がします」
「だよね。なんか、悲しいね」
 まだ想いが残ってる同士がそれを感じさせない会話をした後、女性が道を歩いていく最後の場面。彼女は笑顔を見せてから去って行き、彼もすがるような言葉を言うこともなく、彼女を見送ってた。二人の表情を思い出しながら、ふと思った。
「……でも」
「でも?」
 少し驚いたような顔で長谷部さんが私をじっと見た。足が止まった。真剣と言ってもいいくらい、じっと見つめられて、どきっとした。
「でも、もし、また巡り会いそうになっても、わざと避けたりしない気がするんです。今度は自然に、そういうふうに……なるような……恋人同士じゃない関係かもしれませんけど……二人の心の中に、相手のいる場所があるから……」
 言いながら、頬が火照っていく。それは監督がイメージしたものじゃなく、そうなってほしいっていう私の願望。映画の中の二人は、それくらい穏やかで、切なかった。長谷部さんの視線に耐えられなくて、俯いてしまった。
「……避けたりしない、か。自然に……そうか。そうかもしれない。それなら、いいな。今度はきっと、もっと……二人とも……」
 つぶやきながら声が変わっていった。見上げると、さっきより明るい、いつもの表情に戻った長谷部さんがいた。
「よかった。篠田さんと観られて。俺だけだったら、多分、気づかなくて、凹んだままだったよ。変わったんだもんな、二人とも」
 長谷部さんの笑顔が優しくて、温かくて、嬉しそうで、つい、見とれてしまった。その私の手を長谷部さんが握った。
「ありがとう、篠田さん」
「あ、あの、長谷部さん、手」
 手をひいて歩き始めた長谷部さんに言ったら、逆にぎゅっと強く手を握られた。
「これも前からしたかったんだ」
 アパートの前までずっと手を繋いでいた。何気なく私の歩くのに合わせてくれていた。着くと、そっと手を離して、少し間があってから笑った。
「それじゃ、帰るね。おやすみ、また明日」
「ありがとうございました。お休みなさい。あの、急いで下さいね、遅くなってしまって、ごめんなさい」
 お辞儀をする私を見て苦笑してから、長谷部さんは来た道を戻っていった。まだ終電には間に合うはず。後ろ姿が角を曲がるまで見送った。まだ手に温もりが残っていた。


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