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オルゴールの夜

7 逡巡


 テーマパークのデート以来、気がつくと、長谷部さんのことを考えてる。
 携帯に保護してあったメールを続けて読むと、長谷部さんの口調が砕けていくのにつれて、好意が感じられる言葉が増えていて。交際を申し込まれた時も、今も、はっきり、そう言われたわけじゃない。毎日のメールや電話も、他の人なら友達同士で普通なのかもしれない。
 でも、今は、あのキスの後に私を抱きしめた長谷部さんの腕の強さも、頬の熱さも信じていいような気がしてる。何より、そのとき胸の奥で自分が感じたものを信じたかった。ずっと封印していた扉が開き始めてる。そんなことを。
 これまで何回か、上司にお見合いを勧められたことがあったけど、適当に理由をつけてお断りしてた。怖くて。もしお話を受けてしまったら、また流されて、迷って断れないまま、後戻りできなくなりそうで。
 小野寺さんのことも先輩のことも、他の人なら、思い出として切り捨てて、とっくの昔に新しい恋を見つけたり、運が悪かったとか、見る目がなかったとか、笑い話にできるようなことなのかもしれない。
 でも、私はそれができないまま、しないまま、日を重ねてしまった。記憶と痛みを心の底に沈めたまま、自分の好きなことだけの世界に埋もれて満足してた。
 それが、今、壊れかけてる。
 あれからも、長谷部さんはデートに誘ってくれた。映画を見たり、ウィンドウ・ショッピングをしたり。今までお休みに男性と一緒に過ごすのは、家族だけだったのに。
 楽しいのに、うっすらと残っている傷が痛みを感じていた。その傷が私を責めた。また、泣きたいの、と。そのたびに、先輩と長谷部さんは別の人、性格も違うし、と反論する自分がいて。
 長谷部さんが向けてくれる笑顔も、言葉も、仕草も、思いも信じたかった。小野寺さんの時も、先輩の時も、受け身でしかなくて、曖昧なまま、受け入れてた私。自分が恋をしてたと気づいたのは、別れてからだった。
 長谷部さんを信じたいのは、本当は一人でいるのが寂しいからかもしれない。断って非難されて傷つきたくないからかもしれない。また、勢いに流されてるのかもしれない。そんな不安で、心が揺れる。
 でも、メールが来ないと、忙しくて体がきついのではと心配になった。メールを読んだり、電話で話したりしてるときの気持ちは信じられる気がした。どきどきする、落ち着かない気持ち。胸の奥に甘さが広がって、きゅんとする気持ち。私は、長谷部さんのことが好きなんだ、って信じていいのだと。
 申し込まれて、受け入れて、つきあい始める。そこまでは今までと一緒。でも、いつのまにか、あの時とは違う気持ちが生まれてた。


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