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オルゴールの夜

4 誰も知らない私


 私は人と話すのが苦手。昔も、今も。女性相手でも緊張してしまう時があるくらい。だから、自然に聞き手にまわってしまうけど、後輩たちのお喋りを聞いているのは楽しかった。
 一番苦手なのは、同年代の男性。入社してからはなんとか普通程度に話せるようになった。そうじゃないとどうしようもなかったから。
 だから、そんな私に彼氏がいたことがあるなんて、誰も信じないと思う。多分。
 短大の2年生の時、数合わせで呼び出された合コンで知り合った小野寺さん。最初に向かいに座ったのがきっかけで、帰る時にはいつのまにかデートの約束をさせられていた。それから、何回かデートをして、周囲から公認状態になって、そのままそういう関係になった。
 もちろん、私は交際経験なんてあるはずない。かおちゃんや友達から聞く恋愛話から知っていることはあっても、実際には戸惑うことばかりで、何事も小野寺さんのペースだった。そのうち、小野寺さんは私の独り住まいのアパートに入り浸るようになった。
「紫子の部屋は学校に近いだろ。便利なんだよ。できるだけ一緒にいたいしさ」
 そう言われると、何も言えなくて。小野寺さんは4年生で、何事にも積極的で、友達も多くて、比較的早めに就職先を決めたこともあって、最後の学生生活を満喫してるみたいに見えた。
 だから、他にいくらでも素敵な人やきれいな人がいるのに、小野寺さんがどうして私とつきあってるのか、わからなかった。そして、私自身、小野寺さんを好きなのかも。それでも、何も聞けなかったのは、傷つくのが怖かったから、小野寺さんの彼女という立場に慣れてしまったからだったと、今ならわかる。
 しばらくして、私の内定が決まり、卒業間近になった頃、小野寺さんはほとんど部屋に来なくなった。
「色々、準備とか研修とか、大学の方とか、やること多くてさ」
 素直にそれを信じた。私は私の用事で忙しくなっていたから、同じなんだろうって。
 私の就職先は引っ越しをしなくては通勤が無理。小野寺さんは社員寮に入る予定で、普段会えるような距離じゃなかった。でも、そんなことはよく聞く話。もっと遠距離になるカップルだっているんだから。そう思って、そんなに不安はなかったのに。
 働きだして2ヶ月した頃、会って告げられたのは、別れの言葉だった。その2ヶ月間、私たちは一度も会っていなかった。
 仕事が忙しくて会えないし、私に前みたいな気持ちがもてなくなったというのが理由だった。小野寺さんはまっすぐ私の目を見ていた。少しも罪悪感があるようには見えなかった。まるで、明日の予定を話すみたいに自然に、どこかさっぱりしたような表情で苦笑しながら小野寺さんが言った言葉を、今でも覚えてる。
「お前、俺にもともと気持ちなかったもんな。なんか、俺でなくてもいいみたいでさ。ずっと、そんな気がしてた。あの頃、俺も彼女欲しくて焦ってたっていうか……でも、このままずるずるするのもさ。働いてみてさ、あの頃みたいな時間なんてないって実感したんだ。だから、悪いけど、これで終わりにしたい」
 私は受け入れた。その言葉どおりだと思ったから。
 その夜、携帯の小野寺さんのデータを消しながら、涙がこぼれた。私の心の中の小野寺さんのいたところがぽっかりと空いた。悲しいのか、寂しいのか、苦しいのか。ただ、胸が痛かった。
 それなのに、半年も経たないうちに、会社の先輩に流されるように関係をもってしまった。その関係は先輩が転勤したことであっさり終わった。小野寺さんは私を好きだと思ってくれた時期があったと思うけど、先輩には私はただの遊び、暇つぶしの相手でしかなかった。あとで、先輩には結婚前提の恋人がいたのを知った。
 もう、何を信じたらいいのか、わからなかった。自分を好きだと言う言葉も、行為も、幻のようにはかなく消えてしまった。本当なのか、それさえ確かめられない。でも、一番信じられなかったのは、わからないまま、それに応えて、流されてしまう自分の心と体だった。
 自分が怖かった。だから、私はそんな自分を封印した。誰かに恋する気持ちも、全て。そして、ただ、穏やかに一人で過ごす時間、家族と過ごす時間だけを望んだ。それだけが安らかで確かなものに見えた。


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