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オルゴールの夜

3 近づく距離


 長谷部さんはメールを送るのが好きなのかな。受信フォルダに、かおちゃんや章ちゃんに混じって、長谷部さんの名前が幾つも並んでる。不思議な感じ。
 かおちゃんたちのメールのうち大事な連絡や記念になるもの、例えば、佐緒里ちゃんが生まれた時や、章ちゃんの結婚が決まった時のお知らせメールは、別フォルダにとっておいてある。
 元々,友達とメールのやりとりが少ないから、家族の名前だけが並んでたのに、長谷部さんの名前が毎日、増えていく。消しちゃいけないような気がして、長谷部さん用のフォルダを作って移すことにした。彼氏彼女というより、メル友みたい。
 社内で顔を合わせるのは朝ぐらいで、プライベートな話をする暇はあいかわらずなかった。その埋め合わせみたいに、お昼休みや仕事の途中、終業時刻前に夜、他にも私にとっては予想外な時間に、メールが届いた。一緒に外回りに行ってる人に見つかって怒られてないか、心配になるくらい。こういうの、若い子たちには普通なのかな。そのあたりの加減が私にはわからなかった。
 どこにいる、こんなことがあった、そっちは忙しいかといった状況報告。時々その合間に私のことを尋ねる言葉が混ざってた。それに答えながら、長谷部さんのことも聞いてみたり。そんなやりとりで、少しずつお互いのことがわかっていく。
 そして、1週間後、夜、電話がかかってきた。
 その時、私はお風呂から上がったばかりで、髪にドライヤーをかけていたところだった。携帯電話から聞こえた長谷部さんの声は、少し緊張しているみたいで、早口だった。
「篠田さん、すみません。今メール打ってたんですけど、なんか長文になっちゃって、まだるっこしくて。今、大丈夫ですか」
「あ、あの……少しなら」
「え? もしかして、何かしてるところですか? だったら、あとで」
「いいえ、大丈夫です」
 生乾きの髪をバスタオルに包みながら、答えた。思い切ってかけてくれたのに、かけ直してもらうのは悪いような気がしたから。
 ほっとしたような感じが伝わってきた。いつも会社で聞いている、強めの張った元気な声じゃなく、低めで、まだ私に遠慮してるのか、言葉を選びながら話してる。少し話してるうちに、それも抜けて、リラックスした声になっていった。
 それから、長谷部さんは昼はメールを寄越し、夜は電話をしてくるようになった。仕事の愚痴や質問の日もあれば、お互いの好きなことや苦手なことを話す日、映画やテレビ番組、趣味、食べ物を話題にする日もあった。意見が合って盛り上がることも案外多くて、つい長話になってしまうことも。
 半分以上、長谷部さんが話していて、私は相槌をうつ方が多かったけど、学生の頃の生活やテレビ番組の話を聞いてると、章ちゃんの話と共通してることがあって、可笑しかった。長谷部さんと章ちゃんは2つしか違わないせいか、その頃の章ちゃんの姿を思い出してしまう。
 そういえば、と思い出した。長谷部さんが配属された時、雰囲気が章ちゃんに似てるみたいと思ったこと。
 でも、こんなに章ちゃんと話してる時みたいにリラックスして話せる人だなんて、思ってもみなかった。そもそも、男性とこんなふうに普通のことをリラックスして話すこと自体、あまりなかったから。

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