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オルゴールの夜

19 前のように


 どんな気分でいても月曜日は来るから、会社に行かなくちゃいけない。先々週の月曜日の朝もそうだった。でも、あの時とは全然違う。こんなに苦しくて、私は普通の顔で仕事ができるのかな。苦いものが胸にわだかまってる。
 前に戻るだけ。そう言い聞かせて自分のデスクにつく。フロアの少し離れたところで長谷部さんたちの声が聞こえても、見ないように。仕事がさも忙しいみたいに。
 長谷部さんが一度だけ話しかけてきた時、仕事のことだったから、話さないわけにはいかなくて、前のように他の人と同じように応対した。目を合わせることはできなかったけど。
 結局、その日一日、メールも電話もなかった。何度も携帯電話を見ては着信がないか確かめてしまうのは、未練。それを望んでいたはずなのに、慣れないといけないのに、家に着いた時には疲れきっていた。
 このまま、毎日をこんなふうに過ごしたら、今の苦しさもなくなるのかな。小野寺さんや先輩のことを次第に忘れていったみたいに、忘れてしまえる? 長谷部さんも私のことを忘れて、他の人と恋をして……。
 どれくらいかかるんだろう。長谷部さんの全部が思い出になるまで。ほんの短い間だったのに、忘れられる自信がない。あの人の思いも温かさも。
 ぼんやりしていたら、携帯電話の振動音が聞こえて、焦って手にとった。かおちゃんからだった。深呼吸してから出た。
『ゆか? 今、大丈夫?』
「うん。家だから」
『あれ? 何かあった? なんか元気ないみたいだけど。風邪でもひいた?』
「あ、う、うん。ちょっと仕事が忙しくて。だからかな。かおちゃんこそ、何かあったの? お義兄さん、また出張?」
 切ったあともごまかしきれた気がしなかった。かおちゃんは昔から勘が良かったから、私に何かあったと気づいてしまったかもしれない。心配をかけたくないのに。
 かおちゃんは小野寺さんの時のことも先輩の時のことも私が一人暮らしをしてる理由も知ってる。だから、私のことをずっと心配してる。
「嫌な思い出に縛られて、未来をあきらめちゃ、だめだよ。ゆかのことを本当に好きになる人も、ゆかが好きになる人も絶対いるんだから。絶対だよ!」
 かおちゃんが何度も言ってくれた言葉を思い出した。携帯ストラップのキャラクターを外した。笑顔が泣き笑いに見えるのはなんでかな。
 本当だったね。かおちゃん、いたの。私のこと、好きだって言ってくれた人。私も好きになった人。でも、もう戻れないの。
 ストラップをアクセサリーケースにしまった。見てると泣いてしまいそうだから。あの人の……和真の笑顔を思い出してしまうから。
 前と同じ日々が戻ってきた。長谷部さんからのメールも電話もなかった頃の、自分だけの世界にいられた静かな毎日。ふとした瞬間に胸が痛む以外は。
 そして、やっと過ごした1週間が終わろうとした金曜日の昼休み、聞き慣れた振動音に耳を疑った。長谷部さんからのメールだった。


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