back  home  novel index  next


オルゴールの夜

13 聞きたくなかった


 ひとまずの区切りまで来て、溜息が出た。ずっとモニタと書類を照合しながらの作業で肩や首が痛い。時計を見ると思っていた時間より早かったので、断りを入れてから、自動販売機のある休憩コーナーに向かった。
 長谷部さんは今日はずっと外まわりで、朝から一度も戻ってきてないけど、メールが2通。今日も残業決定ということと、今度の週末は休日出勤にならないよう頑張るから、何したいか考えておいてほしい、という内容だった。
 メールの時間を見ると、お昼を食べてすぐか、食べながら打ってたみたい。少し心配になる。一緒に帰る日を作るために仕事量を調整してるらしくて、今日みたいにかなり遅くなる日があるから。前はそんなに極端に遅いことはなかったと思う。無理しないで、と伝えてはいるんだけど、長谷部さんは自分がやりたくてやってるからと笑って実行してしまう。
 ふと新島さんの顔が浮かんだ。もし新島さんが彼女だったら、きっと長谷部さんを上手く説得して、こんなふうな心配をするようなことにならないのかも。溜息が出た。五つ年上でも、それは何の役に立たない。私はただ、年を重ねただけ。
 疲れのせいもあったのか、そんな後ろ向きなことが幾つも浮かんでは消え、いつのまにか休憩コーナーの手前まで来ていた。男性の声が聞こえた。これは、橋川さんと鳥羽さんの声。
 橋川さんは仕事ができて、派手で強引なところがあって、それが、男らしい、やり手で格好いい、将来有望と女子社員に人気があったけど、私は苦手だった。だから、つい避けてたし、向こうも私のことを一つも気にしてなかったと思う。
 それなのに、最近、時々、視線を感じることがあった。橋川さんと仲の良い鳥羽さんからも。長谷部さんから何か聞いてるのかもしれない。恥ずかしさよりも不安になる。その二人が休憩コーナーにいる。足が進まなかった。
「そういえば、例の。長谷部、やっと先週だか、先々週かな、やったけど、はずれだったそうですよ。なんか意外ですよね。あのお局様、絶対、処女だと思ったんだけどなあ」
「え? まじかよ。俺の勘も鈍ったか。にしても、長谷部、遅すぎ。あんなの落とすの、1週間もかかんないだろ。俺が言ってからどんだけ経ったっけ。ほんと、使えねえな、あいつは」
 長谷部、お局、処女、落とす、遅すぎ。息を飲んだ。二人が話してるのは。
「まあ、彼女歴そんなないって言ってたし、長谷部なりに頑張ったってことらしいです。でも、橋川さん、信じられないことが」
「あ? まさか、できちゃったとか?」
「違いますよ。それよりびっくりです。長谷部、俺になんて言ったと思います? 『続けることにしたから、その話は終わり』って言ったんですよ。もう、俺、耳おかしくなったかと思いましたよ」
「うわっ、ミイラとりがミイラってか。信じらんないな……長谷部、そんなに女に飢えてたか。だから、ほどほどに遊びで抜いとけって言ってたのに。あの年で、あんな年上の女に捕まるとは、将来暗いねえ、いやあ、気の毒、気の毒」
「って、橋川さんがやらせたんじゃないですか。鬼だ」
 二人の笑い声が聞こえる。
「年上でも磯崎さんとか森さんレベルなら、つきあってみたいですけど、お局様じゃ……長谷部も馬鹿ですよね。それとも、何かあるのかな……」
「ああ、あれなら俺ものる。人妻ってのが惜しいよな。……何か、ねえ……実はテクが凄いとか、長谷部がマザコンとかな」
 体が震えていた。これ以上、聞いてるのが耐えられなかった。ゆっくり気づかれないようにその場を離れた。


back  home  novel index  next


Copyright(c) 2008-2018 SUZUYA all rights reserved.