back home novel index next |
オルゴールの夜 |
10 問い 新島さんと話したその週の土曜日。私の部屋でビデオを見る約束になっていた。迷ってはいても、断る気にはなれなかった。一緒にいる時間が心地よかったから。 コーヒーでまず一息ついてからと思った。低いテーブルの向こうで胡座で座っている長谷部さんは、なぜか少し強ばった表情をしているように見えた。仕事で疲れてるのに、無理して来てくれたのかもしれない。前来た時は、おいしそうにコーヒーを飲んで、お菓子にもすぐ手をつけてくれたのに。私から予定変更を切り出した方がいいかもと思った時、長谷部さんが口を開いた。 「あのさ、篠田さん、聞きたいことあるんだけど」 聞きたいこと? 私に聞くようなことといったら、仕事のこと、それとも、他に何か、と思った瞬間、新島さんの顔がよぎったのを打ち消す。次の言葉を待った。 「新島に何か、言われなかった?」 新島さんが、長谷部さんにあの時の会話を話したの? もしそうなら、長谷部さんはどう思って、今日……。とにかく、新島さんが何を言ったのかがわからないかぎり、何も私からは言えない。声が震えそうになった。 「何か?」 長谷部さんの目がしっかりと私の目をとらえていた。一言一言、確かめるようにゆっくりと。 「うん。俺の事。新島に言われたんだ。俺とつきあってないって、言ったって。本当?」 やっぱり。 どういういきさつで長谷部さんに言ったのか、わからないけど、あの時、私ははっきり答えられなかった。つきあってるとも、つきあってないとも。でも、あの会話の流れなら、二人がつきあってないと思うのが普通で、去り際に新島さんが言った言葉も、そう思ったから出てきた言葉。 それを長谷部さんは、聞いてしまった。私からじゃなく、私の言葉として新島さんから。 「それは……」 どう言葉を続けたらいいのか、わからない。長谷部さんは何も言わないで、私の言葉を待っている。その沈黙が怒りなのか、悲しみなのか、それとも、軽蔑なのか。怖くて、顔を見ることもできなかった。 私の気持ちを言わなくちゃいけない。今、言わなくちゃいけない。わかっているのはそのことだけ。 それなのに、肝心の自分の気持ちをどう言ったらいいのか。頭の中で、なぜか、小野寺さんや先輩の姿がぱっと浮かんでは消えた。あの頃に感じたことのなかった気持ち。この場から逃げ出したかった。 「あの、コーヒー、冷めちゃいましたね。いれてきます」 とにかく一度離れて、言うことをまとめてからと、目を合わせずに立ち上がったら、長谷部さんも立った。コーヒーカップをとろうとした私の手に手が重なった。後ろから抱かれていた。 |
back home novel index next |