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やっぱり俺は馬鹿なんだと思う。

8−1 夜

 あれから3か月近くになって、ふんぎりがつかないまま、何度か篠田さんの部屋に来ていた。もちろん篠田さんを抱きたい気持ちはあったけど、強要したくなかったし、命令から始めてしまったという罪悪感や、それを篠田さんに知られてしまったときの恐怖があった。橋川さんと鳥羽の影が頭の端にちらついていた。
 その日は土曜日だった。篠田さんの部屋でビデオを見て過ごそうという約束だったけど、俺は前の日に新島から聞いたことがずっとひっかかっていた。聞いてもいいものだろうか。二人の関係を変えてしまうかもしれなかった。でも、聞かずにいられなかった。
「あのさ、篠田さん、聞きたいことあるんだけど」
 篠田さんはテーブルの向かいに座って、微笑みで促した。
「新島に何か、言われなかった?」
 俺を見つめた篠田さんの目が揺らいだ。緊張した。
「何か?」
「うん。俺の事。新島に言われたんだ。俺とつきあってないって、言ったって。本当?」
 篠田さんが驚いた顔になって、俯いた。聞くまでもなかった。本当なんだ。
「それは……」
 口ごもってる篠田さんを見つめる。俺のことをどう思ってるんだろう。俺から申し込んで、一緒に遊びに行って、話して、食事して、キスして、こうして部屋に一緒にいる。それじゃ、つきあってるって言わないのか。確かに、最初は嘘で申し込んで、好きになってからも好きだとはっきり言ったことはない。篠田さんが言ったこともない。でも、受け入れてくれてると思ってた。俺の勘違いだったんだろうか。
「あの、コーヒー、冷めちゃいましたね。いれてきます」
 取り繕うように言って、篠田さんが立ち上がった。頬が少し赤くなっている。反射的に俺も立ち上がっていた。コーヒーカップを手にとろうとした篠田さんの手を止めるように、後ろから抱き締めた。ほんのり甘さと爽やかさのある香りがふわっと漂った。
「長谷部さん?」
 篠田さんの戸惑った声も聞かずに、正面から抱き直して唇を奪った。緩やかなウェーブのかかった髪が指に触れて、頭を支えながら、唇を重ねた。最初、離れようとしていた篠田さんの手が止まって、大人しくそっと体を任せてくれるのがわかった。
「篠田さん……好きだ……紫子さん……」
 初めて、下の名前を呼んだ。それだけ言うのが精一杯だった。まるで中学生に戻ったみたいだ。もっと気のきいた言葉やかっこいい言葉があるはずなのに、全然思い浮かばなかった。強く抱き締めた。それで俺の気持ちが伝わればいいと思った。怖かったけど、聞きたかった。
「紫子さんは、俺のこと……」


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