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やっぱり俺は馬鹿なんだと思う。

5 電話

 オルゴール音の着メロが鳴った。少し困った顔をしてから、俺に断って、篠田さんが電話に出た。
「もしもし?」
 もしもしの語尾を軽く上げるのは篠田さんの癖なのかな。携帯の画面に名前が出てるはずなのに、俺がかけると、いつもそうだ。囁くように小さな声で話しているのを新鮮な気持ちで眺めた。
「今、カフェにいるの……人といるから……そう? うん、お休み」
 はっとした。ですますじゃない話し方は初めてだった。柔らかい優しい声で、微笑んでいる。誰だろう。すごく親しい人だ。俺は「人」なんだ。「会社の人」じゃないけど「彼氏」じゃないんだ。胸の中がもやもやした。
「すみません。姉からです。何かあったのならいけないから、とったんですけど」
 申し訳なさそうに篠田さんが言って、携帯を置いた。
「いいよ、そっか、お姉さんなんだ。仲いいんだね。よく電話するの? 篠田さん、兄弟は?」
ほっとして、聞いてみたくなった。
「今の姉と、3つ下の弟の3人兄弟です。姉はいつもならもっと遅い時間なんですけど。長谷部さんは?」
「俺? 俺のところは俺と兄貴の二人。しっかり者ですごく頼りになる兄貴なんだ。4つ上なんだよ」
 言ってから気がついた。あの兄貴より年上なんだ、篠田さんは。急に自分がガキになったような気がした。
「あの、そろそろ、出ましょうか」
 篠田さんがそう言って、こっちに向いていた伝票を手にした。
「俺が払うよ」
 慌てて、立ち上がったが、
「いいですよ、今日は私が払います。先輩ですから」
そう言ってから照れくさそうに
「一度、言ってみたかったんです」
と笑って、レジに行ってしまった。篠田さんが楽しそうだし、確かに先輩だし、そんなに高くもないんだけど、複雑な気持ちだった。さっきのもやもやがまだ残っていた。あれから1カ月経った夕方だった。


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