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びっくり箱〜顛末は記憶の彼方

6 開けたのは誰?

 カフェを出て、駅で別れた。
 いつものように独り住まいのアパートの部屋に入って、出がけチェック用の鏡を見た。まだ起きてからそんなに経ってない。昨日の朝見た顔と何にも変わってないふうに見えるのに、ここに写ってるのは、成瀬さんの彼女の三坂優里なんだ。信じられないけど。
 魔法使いの魔法がかかったわけでもない。知らないうちに、私はびっくり箱を開けちゃってたんだ。その中に入ってたのは、成瀬さん。
 しかも、その成瀬さんは私の知ってる成瀬さんとは違う顔をもってるみたい。でも、その顔の成瀬さんも魅力的に思い出せてる私は、これからどうなっちゃうんだろう。酔った勢いで告白しちゃったせいで、これからいろんなこと、多分、予想外なことがたくさん起こりそうな予感。
 恋愛小説ならここでハッピーエンドなのに、なんだか、やらかしてしまった気分になってるっていうのは……。
 気弱になってるような、戸惑ってるような自分の顔を眺めていたら、胸の奥から何かが湧いてきた。
「ええいっ! もう覚悟決めてかかるしかないって!」
 鏡の中の自分に気合いをかけるみたいに言って、ぱんっと両頬を張った。体育系じゃないけど。
 嬉しくない? 成瀬さんの彼女だよ。半年片思いしてた人だよ。いつも目の端で追いかけちゃってた人だよ。きっかけはどうでも、つきあおうって言ってくれたって、わかってる? 
 じわじわ胸の奥が熱くなってきた。さっきのカフェでの成瀬さんの言葉や手の温もりや、面白そうな表情。やっぱり好きだ。覚えてないけど、昨日の夜だってきっと、そう思って抱かれてたと思う。覚えてたかったなあ。こういうの、一生の不覚っていうんだよね。
 もしかしたら、すぐ終わっちゃうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。
 今、私、あの人が好き。いいよ、それで。私、スタートラインに立ったんだ。彼女と彼氏の関係っていうスタートライン。それって、すごくラッキーじゃない? これって、私のターニングポイントなのかも。多分、いろんなことの。
 この際、ついでに今までの会社での猫かぶりもほどほどにして、元々の私らしくしちゃおうかな。だって、そっちの方が成瀬さんもいいって言ってたし、そろそろ自分でも無理きてるなあって思ってた。これがきっかけなんだよ、きっと。うん、そうなんだ。
 明日から、ううん、今から、私は、本当の素の私で行こう。
 深呼吸して、大きく伸びをした。
「あっ、時間」
 時計を見ると、10時半。約束は12時。思ったより長く考えてたみたいだけど、まだ時間はある。
「よーしっ」
 こういうの、腹をくくるっていうのかな。そう思ったら、なんだか可笑しくなってきた。だって、こんなびっくり箱、他にない。きっと楽しいこと、びっくりすることがまだ隠れてるはず。
 いいよ、成瀬さん。本当の、ううん、いつもの私を見せてあげる、もっとたくさん。そして、これから、どんどん私は変わっていく。成瀬さんが好きにならずにいられない私に変わっていくのを見ててね。これも縁なんでしょ?
 鏡の中の自分にサムズアップを決めてから、私はデートの準備にとりかかった。

 <終>


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