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びっくり箱〜顛末は記憶の彼方

3 顛末は記憶の彼方 

 やっちまってる。すっかり学生の頃の仲間飲みになってる。今までなんとか会社では猫被ってたのに、これで水の泡だ。女の子がお酒に弱いのは危ないからって鍛えられたのは裏目でした、先輩方。これで、私の女の子扱いされる猫かぶり生活も終わりです。軽く涙目になりそう。それなのに、成瀬さんの声がだんだん楽しそうになってる気がするのはなぜですか。
「その辺はもう覚えていないんだね、三坂さん」
「はい、すみません」
 その後は想像つきます。飲んだくれて動けなくなって、成瀬さんに迫ったに違いない。普段の願望丸出し、本能暴走モードってやつ。それで、成瀬さんも仕方なくそうなった、そんなところなんだろう。成瀬さんが据え膳食うタイプだとは思ってなかったけど、こっちが相当強引に押し倒したのかもしれない。火事場の馬鹿力って言うじゃない。ああ、恋愛小説でよくある場面だけど、そういうヒロインはこんなふうにみっともなくないよね、普通。溜め息出ます。
 とにかく、謝ろう。絶対、全部、私が悪いんだから。そう思って顔をあげたら、成瀬さんと目が合った。
 え? 成瀬さんって、こういう顔でしたっけ。なんだか、違っているような気が。ざわっと体を何かが走り抜けた。この違和感は一体……。
「こうして見ると、わりと表情豊かなんだね、三坂さん。全部出てる。いつもは、そうじゃないのに。こっちが……昨日のが本当の素の三坂さんってことか……ふうん」
 眼鏡越しに目が笑ってる。いつもの穏やかな笑みじゃなく、私を見透かしてるみたいに。何も言えないでいると、声が変わった。
「いいね。こっちの優里の方が」
 私が猫だったら毛が逆立ってたと思う。
「これなら受理決定。これからよろしく。相性がいいのは確認できたし、っと、プライベートの方、教えてないな。携帯、出して」
 何なんだ、何なんだ。言われるまま、携帯電話を出すと、着信のバイブが反応した。見たことないメールアドレスのメールが届いている。
「これ、成瀬さんのプライベートアドレスなんですか」
「そう。知ってないと困るだろ? そっちのも送って」
「は、はい」
 親しい友達ぐらいとしか使ってないアドレスを成瀬さんに送る。変だ。なんでこうなってるんだろう。すごく流されてる気がする。と思ったら、くぐもった笑い声がした。
「これだけ違うと、別人だな。2度美味しい」
「そ、それはこっちの」
「こっちの?」
 思わず言い返そうとして、言えなかった。何も覚えてなかったから。昨日の夜、私は何を成瀬さんに言った? 何をした? なんで、ああいうことになったの? 全然、わからないままで、まるでこれからつきあうみたいに成瀬さんとアドレス交換して。
 でも、なんで。これ、そのままにしていいことじゃないよ。怖くても聞かないといけないよ。ほらっ。自分で自分の背中を突き飛ばした。
「成瀬さん、私、あのあと何したんですか。教えて下さい。なんで、これ。それに、成瀬さんもまるで別の人みたいで、何がなんだか。教えて下さい。私、何やったんですか」
「声、大きくなってるよ」
 はっとして店内を見たら、ちらっとこっちを見てる人が見えて、口をつぐんだ。
「やっぱり知りたいか……だったら」
 そう言って、成瀬さんがにやっと笑って、2人がけのソファで腰をずらし、1人分空けた。
「ここ、おいで」
 ここって! 反射的に店内を見ると、どうやらこっちを見てる人はいない。さっきより人が減ってる。それでも、来いって言ってるってことは、人に聞こえたら相当やばいことをしたってことに違いない。
  ゆっくり、成瀬さんの隣に移動した。隣に座ったことないわけじゃないのにこんなに緊張するのは、ついさっきまでのことを思い出してしまうからで。しかも、成瀬さんが自然に私の肩に手まわしてくるし、声を落として、耳元に軽く口元を寄せてくるし。うわーん、こんな時じゃなかったら最高なのに。



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