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びっくり箱〜顛末は記憶の彼方

2 気まずい朝食

 お互いにシャワーを浴びてから、促されてラブホテルを出た。気まずくてそのままでいられなかったから助かった。あの人もそうだったんだと思う。
 とりあえず朝食にしようと、少しは話ができる大人っぽいカフェでコーヒーとサンドのセットを頼み、一番奥まった席に向かい合った。運良く店内には客が少なくて、近くの席は空いていた。
 軽いメイクしかしてない顔で向かい合うのはものすごく恥ずかしいんだけど、もっと恥ずかしい顔を見せていたはずで、そのことが頭から離れない。俯いたまま、もそもそとサンドを食べた。その人は手慣れた様子でさっさと食べ終えて、コーヒーを飲んでいる。でも、私を見据えているのがひしひしと伝わってきて、私は顔を上げられなかった。いつまでもこうしてるわけにもいかないけど。
 その人は私が食べ終えるのを待っていたらしかった。
「三坂さん、思い出した? その感じだと、やっぱり覚えてないのかな」
「すみません」
 正直に謝った。だって、それしかできないじゃない。
「じゃあ、俺が説明するしかないんだな。昨日、三坂さんは俺と塩谷と課長の4人で残業していた。そこまでは大丈夫?」
「はい。そのあと……たしか、夕食に」
 うっすらと記憶が戻ってきた。残業の原因は塩谷さんが課長と成瀬さんの使う資料のデータの一部を間違って消してしまったことだった。私は塩谷さんとコンビで資料を担当してたから残って、課長と成瀬さんは別件もあって残ってて、結局、なんとか取り返せたから休日出勤はしなくてもよくなって、夕食に行こうということになったんだ。うん、そこまでは思い出せた。少し安心した。
「そう、それで居酒屋に行って少ししたら課長が家から呼び出されて帰った。子供がどうとか言ってたね。それは?」
「なんとか……それでたまには3人で飲もうってことになって……それから、帰ろうかって、あれ?」
 帰ろうって言ったのは誰だっけ。私? 塩谷さん? この辺りから既に記憶が怪しくなってるというのは、おかしい。サワー3杯ぐらいしか飲んでないと思うんだけど。眉間に皺を寄せて思い出そうとしてる私を眺めている成瀬さんが助け舟を出した。
「そう、塩谷が彼女恋しさに帰ろうと言い出した。その時点で三坂さんはいつもより酔ってたね。空きっ腹なのにハイペースで飲んで。疲れてたのとあの店が濃いめに作る店だったんだと思う。居酒屋を出たのが11時半で、塩谷は終電だからと走って、俺と三坂さんの方はまだ電車があるからと店の前で別れた。ここまでは?」
「……はっきりしません。もしかしてそのあと、私、やらかしたんでしょうか?」
 朝から汚い話なんだけど、この流れはやばい。そうとしか思えない。人前で戻すなんて学生の時以来で、不覚としか言えない。でも、それなら逆にさっぱりして、記憶なくすなんてことにならないはずなのに。どうもおかしい。そう思って暗い顔になっていたら、成瀬さんがけろっと言った。
「別に何も? ハイになって、一人で立てなくなってるのに、もっと飲みたいと騒いでいた程度」
 凹んだ。
「駅まで連れていったら、終電が出たところで、俺も腹をくくって飲むことにした。次に入った居酒屋は日本酒が色々あって、三坂さんが、美味いからこれ飲め、それ飲めって勧めてくれて。確かにあれは旨かったなあ」



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