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びっくり箱〜顛末は記憶の彼方

1 よくある話?

 こんなことが自分に起こるなんて考えたこともなかった。この24年積み上げてきたはずの何かが、がらがらと、それこそ音を立てて崩れていくのが聞こえる。多分、幻聴じゃないと思う。
 頭、痛い。これはわかってる。飲めばこうなるっていうのは経験則で。そうです、強い方ですけど、確かに飲み過ぎだったみたいです。だってどれだけ飲んだか思い出せません。認めます。でも、だからって。
 まだ半分寝ぼけてる頭の中でゆっくりなのか、ぐるぐるなのか、回ってる思考のかけらが、私に悪態をつく。
 見える天井はどう見てもラブホテル。そして、やたらと広いベッドに埋もれている自分のすぐ隣、私の左腕にぴったり背中がくっついた状態で向こうを向いて寝てる人がいる。
 どう見ても男。肉付きがしっかりしてて、肩幅もあって、黒髪で、若そう。って、何、観察してますか、私。そういうことより先に確認することがあるのでは? だって、この人、誰?
 熟睡してるらしいので、とりあえずベッドから抜け出そうとして、今更、自分が全裸なのに気づいた。床に服が落ちてるかと下を見たけど、残念ながらすぐそばにはなかった。どこで脱いだのよ。それとも、脱がされたの? 思い出そうとしてもすっぽり記憶が抜けてる。
 その時、すぐ後ろであくびまじりの男の声がした。
「今、何時だ? ……あ、そうだった……」
 うわっ! ぐいっと後ろに引っ張られたと思うまもなく、すっぽり後ろから抱えこまれていた。
「うーん……いいな、やっぱり」
 耳元で言いながら、その人の片手が私の胸を確かめるみたいに撫でてる。いや、揉んでる。ちょっと待て。お尻の辺りに何か新しく当たってるんですけど。こら、密着してるってば。
「まだ時間あるなあ。ってことで目覚めの……」
「ちょっ、ちょっと待った! 待ってってばっ!」
 焦った声にも動じずに手を動かしながら、うなじにキスしてくる。
「どうした? 目、覚めてるだろ?」
「だからっ、なんで? はなして!」
 手が止まって、もがいていた私の体の拘束が少し緩んだ。
「なんで?」
 疑問に疑問じゃ、わかんないってば。やっと顔を見られるぐらいに体をねじって相手の顔を見た私は絶句した。そんな顔を見たその人は苦笑しながら、私を抱えてた手を離して大の字になって溜め息をついてから、ぽつりと言った。
「覚えてないんだ……」
 溜め息つきたいの、私なんですけど。だって、ありえないでしょ、よりによって相手があなただっていうのは。泣きたい。
「はい……」
「そうか、話、後でいいかな? 先にシャワー借りるよ」
 声の調子が変わって、いつもみたいな落ち着いた声になった。返事を待たずに全裸でベッドから出ていった。
 なんでこんなことになったんだろう。すっかり目が覚めたからなのか、体のあちこちが行為の痕を覚えているのがわかる。それなのにその記憶が何にもないなんて。あの人との出来事なのに。
 ベッドの上で私は途方に暮れていた。



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